【ヒット商品】ネタ出しの会 日経産業新聞の記事「TechnoOnline:阿吽の呼吸、言葉曖昧でも理解は共有」から
2016/06/24
2016.6.17 日経産業新聞の記事「TechnoOnline:阿吽の呼吸、言葉曖昧でも理解は共有」から
阿吽の意味は洋の東西では同じだが
コラムの著者 和田 昭允氏(東京大学名誉教授)は、前回の意味をなすコミュニケーションをおこなうために必要な「コンテクスト」をさらに発展させて、その程度が世界各国のコミュニケーションで異なっていることについて触れている。
◯誤解の要因はこのコンテクストの程度の違い?
まず和田教授がいうように、この違いは「会話におけるコンテクスト共有の程度」を表しているだけで、文化の高低を言っていりのではない。世界各国のコミュニケーションを「高コンテクスト文化」と「低コンテクスト文化」に分類したのは、米文化人類学者のエドワード・ホールである。
この典型事例は、日本が最高コンテクスト文化、ドイツが最低コンテクスト文化である比較である。
《日本》
- 重要な情報でも言葉に表現されないことがある
- 言語は曖昧
- 理解は一般的な共通認識に基づく
- 意思決定要因は感情的
- 沈黙の効果は不快でない
- 双方による契約であっても状況によっては柔軟に変更される
《ドイツ》
- 伝達される情報は全て言葉で提示
- 言語は正確
- 理解は言葉に基づく
- 意思決定要因は論理的
- 新木はコミュニケーションの断絶で不快
- 双方の合意による契約の変更は容易ではない
このように、阿吽の呼吸というのは、高コンテクスト文化の典型のようだが、低コンテクスト文化でも
- They are on the same wave length; 両者は同じ波長を持っている
- Their minds work the same way; 彼らの心は同じに動く
と和英辞典にも出てくるようだ。洋の東西を問わず、この用語の意味は同じであるのは興味深い。
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