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2015.8.18 日経産業新聞の記事「TechnoOnline:鉄筋コンクリ住宅1号、大震災教訓、耐震耐火貫く」から

鉄筋コンクリート住宅実験第1号の生家

コラムの著者 和田 昭允氏(東京大学名誉教授)は、自らの父の住居、つまり生家が日本で始めて鉄筋コンクリート製の住宅となった経緯とその性能について語っている。

○設計者 内田祥三東京帝国大学教授の先見性

日本で鉄筋コンクリート製の第1号住宅が建てられたのは、関東大震災の翌年1924年で、東京都港区赤坂八丁目で、和田教授の生家であるという。設計者の内田氏は、旧東京帝大の総長まで務めた、建築界の重鎮である。

本郷と駒場のキャンパスにある建築群は、震災後から第2次世界大戦までの間に内田氏の指揮で建てられたという。関東大震災を契機に、耐震耐火構造を念頭に最初に実現したのが、和田邸というわけだ。

内田氏の先見性による耐火構造は、奇しくも第2次世界大戦の米軍機による大空襲で証明された。建物の1つの部屋に焼夷弾を受け、内部は丸焦げとなったが、各部屋を隔てる鉄筋コンクリート壁によって焼失は免れ、赤坂の焼け野原にポツンと1軒だけ焼け残ったという。houseimpacthappy01

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