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2013.1.10  日経産業新聞の記事「名経営者に学ぶ仕事術⑥:小倉昌男氏・樫尾忠雄氏の巻」から

利用者目線で市場を切り開いた人たち

コラムの著者 吉田勝昭氏(日本ケミファ元専務)は、ヤマト運輸社長の小倉昌男氏とカシオ計算機元社長樫尾忠雄氏の『私の履歴書』から市場創造に必要な利用者の視点について紹介している。

【小倉昌男氏の利用者視点の発想】

小倉昌男氏は苦境の営業部長時代に、法人顧客ではなく個人顧客を念頭に全国どこへでもどんな量の荷物でも運べることが当時の打開策であったという。『私の履歴書』の中で小倉氏は、

宅急便の商品化計画で最も重視したのは、『利用者の立場でものを考える』ということであった。主婦の視点がいつも念頭にあった。例えば、商品貨物では距離に比例して運賃が高くなっていくが、宅急便ではブロックごとに均一料金とした。東京から中国地方行きなら、岡山も広島も同じ料金、どちらが遠いのかなど主婦の関心事ではない。分かりやすさを最優先した

とある。

【樫尾忠雄氏の利用者視点の発想】

樫尾忠雄氏は消費者が買える価格を追求し、電卓やデジタル時計の低価格化を進めて同社を急成長させた。樫尾氏は、電卓がまだ業務用の装置で、一般の消費者にそろばんかわりにつかってもらおうと考えた。

『私の履歴書』の中で樫尾氏は、当時について、

電卓の値段が4万円を切るところまでいっても個人は買ってくれない。これは、何か発想を変えない無理だぞということになった。では、いくらだったら個人が買ってくれるのか。私たちは発想を逆転させた。46年(昭和、1971年)当時、大学出の初任給は4万円前後だった。その4分の1、1万円ならなんとか買ってもらえるんじゃないか、と開発部門の若手が言いだした

とある。樫尾氏は、この若手の金銭感覚に賭け、1万円での機能や表示を絞り込み、6桁計算機「カシオミニ」を開発、1万2800円fでうった。その後電卓は一気に大衆の製品となっていった。

小倉氏も樫尾氏も利用者の視点あるいはお財布具合を見て、それを徹底したと言える。happy01

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